2011年11月25日 中央大学 講演概要
「ゲーム産業の業態変化」

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III.イノベーションと業態転換

まず、前史ですね。コンピュータゲームを最初に一般向けに普及させたのはATARIという会社なんですね。ATARIがPONGという、テーブルテニスみたいなやつを1970年代の真ん中くらいに出しました。そこから何人か優秀なソフト書きが出てきて、その一人がスティーブ・ジョブズの伝記にも出てきますが、Apple創業者のひとりのスティーブ・ウォズニアック。スティーブ・ジョブズがATARIに行ってバイトをもらってきたんですよ。これ作ったらいくらかあげる。本を読むとわかるんだけど彼が騙しつつウォズニアックにプログラムを書かせて2週間で作ったのが「ブロック崩し」英文名「Breakout」なんですよ。それがATARIから出ました。日本でもものすごく普及しました。このBreakoutにインスパイアーされてできたのがタイトーの「スペースインベーダー」なんです。インスパイアーとしか言いようがなくてですね、開発したご本人はパクリだと謙遜していますが、全然そうじゃなくてものすごくクリエイティブですよね。ブロックがあるでしょう、パドルがあって球が飛んで崩していくじゃないですか。こいつらが攻めてきたらどうなるだろ?というのがインベーダーなんですよ。こっちから攻撃するんじゃなくて向こうから攻撃されたらどうだろうという発想でできたのがスペースインベーダーなんですって。それに砲台に隠れるというのも革命的。これが大ブレーク。1978年、79年くらいですかね。私、ちょうど大学に入るくらいで大量の100円玉を投下しましたけど。これでコンピュータゲームに火がついて、ゲームセンターの業界が、それまでのエレメカと言われたピンボールやドライビングゲーム等からコンピュータゲームに完全にシフトしていきます。これをなぜイノベーションに含めないかというと、意図してやったわけでなく、再現不可能だから。経営の観点からは、いつどこからイノベーションが起こるかわからないから、何にでも賭けておきましょうという、役に立たない結論にしかならない。 実は、この講演のもうひとつのテーマは「イノベーションをどう管理するか」なんです。

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これを家庭でもできないかと応用させたのが任天堂さんなんです(スライド11)。任天堂さんは、スペースインベーダーのタイトーが全盛の時代には企業としてはソコソコくらい。当時、コピーとか海賊がどんどん増えましてね、やってられんとこれでは。ATARIは失敗したけども、やりようによっては家庭用でも成功するんじゃないかと。かなり大胆な仮説でファミコンというのは作られたんですって。結果、大成功。家庭用ゲームが普及した。任天堂さんはいろいろ試行錯誤しながら、およそ30年続いたゲームコンソールのビジネスモデルを確立したわけです。

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