「論語と算盤」と現代の経営

日時:2012年12月10日
場所:東京商工会議所ビル 7階 国際会議場

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渋沢栄一氏
http://www.shibusawa.or.jp/
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作家 守屋 淳 先生
http://www.chineseclassics.jp/
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会場の様子

テキスト印刷

(守屋先生) まず和田社長にご登壇頂きました理由について簡単にお話をしたいと思います。 実は以前、和田社長と一緒に『論語と算盤』の読書会に参加させて頂きました。いろいろな経営者の方がいらっしゃいましたが、その中でも和田社長のご見識がとにかく鋭く、非常にレベルの高い発言を常々なさっていました。こんなに頭のいい人が世の中にいるのだなと、私自身ショックを受け、勝手に師匠と崇めて私淑しています。このような機会があったなら、ぜひ来ていただきたいと思っていまして、今回このような運びとなりました。 さらに、もう一つ大きな理由があります。ゲームの会社の社長さんというと、渋沢栄一とはまったく異質ではないかと思われる方もいるかもしれませんが、実はこれ、かなり繋がっているのです。 まず、渋沢栄一という人は、日本に近代ないし近代産業社会というものを植え付けていった大立物です。その中で渋沢栄一は、情報インフラをとても重視した人でした。 それで、当時の情報インフラとは何かというと、紙だったわけです。渋沢栄一自身はこういうことを言っています。《西洋各国においては学問や芸術の発達に大そう手を尽くしております。この学問や芸術には色々な種類がござりましょうが、このためには印刷が便利で早いということが大いに関係してくる。では、印刷の価格が安くかつ便利で早いために必要なのは何かといえば、それは紙を製造する事業が大いに関係するということは、ヨーロッパなり、アメリカなり各国に例のあることである。王子製紙会社はここに着眼点があって、初めてこの用紙製造の事業を計画したのでございます》。まさしく、情報インフラの基盤としての紙に着目し、王子製紙を立ち上げたのです。 渋沢栄一記念財団の方が仰っているのですが、王子に渋沢栄一は家を構えていましたが、トイレの窓から王子製紙の煙突が見えるような設計になっていたそうです。毎日、はばかりに行きながら、「今日も王子製紙から煙が登ってよしよし」みたいなことを言っていたという記録も残っているそうです。それくらい気に入っていたんですね。 もう一つ渋沢栄一という人は非常に娯楽にも興味があり、育てようという気のあった人でした。有名なところでは、帝国劇場の設立に関わったことがそうです。また、広く嗜好品も含めていえばビール業界もそうでしょう。いまあるキリン、アサヒ、サッポロの全ての設立に栄一は関わっています。栄一は、娯楽に関しても結構力を入れていたのです。

それで、実はここからが主題なのですが、渋沢栄一は近代産業社会を日本に入れ込んだ人です。しかし昨今、近代産業社会が変容しているのではないか、もしくは近代が終わりかけているのではないか。ないしは、終わってしまったのではないか、と言う学者さんが増えてきました。それで実は和田社長が率いるゲームの会社は、その変容のもととなっているデジタル化、情報化の最先端を走っているのです。まさしく近代というものがどのように変わるのか、その可能性を体現しているところだと、私自身は感じております。

(和田) ご紹介にあずかりました和田でございます。 あの、守屋先生から大変なお言葉を頂きましたけども、「私淑」という漢字が書けないほど無学でございますので、どうかガッカリなさらないでください。 本日は、論語ないしは渋沢の考え方がいかに現代に活きるか、どのように活かすのかというところがポイントだと思いますが、そもそもお話をする私が何者かわからなくては、話の背景が見えないでしょうから、まずは、私のいるゲーム業界のご紹介から入ります。

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参考資料